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横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)2号 判決

原告

伊藤玲子 (ほか一九名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

木村和夫

森田明

同(原告及川信夫を除く。)

及川信夫

被告(鎌倉市長)

中西功

右訴訟代理人弁護士

松崎勝

被告

株式会社青木建設

右代表者代表取締役

宮脇崇一

右訴訟代理人弁護士

大川隆康

右訴訟復代理人弁護士

大川康平

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  エーコー産業は、昭和五九年当時、別紙物件目録記載の土地及びその周辺の土地を所有していた。被告青木建設は、これらの土地について、昭和五九年九月二九日付け保証契約予約に基づく求償権の発生を条件とする代物弁済契約を原因とする同年一〇月二日受付の条件付き所有権移転仮登記を有していた。なお、エーコー産業は、資本金二〇〇〇万円の規模の会社であり、被告青木建設は、資本金九二八億円を超える、いわゆる大手ゼネコンといわれる会社である。

エーコー産業は、昭和六二年九月、鎌倉市に対し、右の土地を利用した一二六戸の斜面階段式マンション計画について、都市計画法に基づく開発事業の事前審査申請書を提出した。

エーコー産業は、昭和六三年五月二〇日付け売買により、右の土地をエルデーに譲渡し、エルデーは、同年五月二四日受付の所有権移転登記を経由した。被告青木建設は、同年三月三一日受付で、これらの土地について、エルデーを債務者とする同日付け保証委託契約による求償債権を原因とする四〇億円の抵当権設定仮登記を経由した。なお、エルデーは、資本金一〇〇〇万円の会社である。

2  鎌倉市は、平成元年五月、鎌倉市都市緑化推進計画を発表し、緑化事業を推進することを市の基本計画としていた。

ところで、前記のようにエーコー産業が開発事業事前審査申請書を提出した土地は、都市計画法上は、市街化区域に指定され、第一種住居専用地域とされており、鎌倉市としては、開発を禁止することが、法律上、困難な地域であった。これに対し、付近住民から開発反対の陳情が出されるなど、開発反対運動が起き、「稲村が崎の自然と史跡を守る会」が結成され、「古戦場トラスト」と題する土地買取り運動も始められた。しかし、それだけでは、到底これらの土地を買い取ることができないため、右住民から鎌倉市に対し土地の買収が要望されるに至った。

鎌倉市は、これらの土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」指定の山林にも近接し、史跡名勝地「稲村ガ崎」も近くにあり、緑地として保存されることは、市の基本政策にも合致するとして、エーコー産業ないしその後、所有権を取得したエルデーとの間で、開発を断念させることなどについて交渉することとなった。

当時、鎌倉市土木部で土地利用担当主幹としてこれを担当した大宅保毅(以下「大宅主幹」という。)は、エルデーの植村担当部長と交渉した結果、平成元年の夏ころには、鎌倉市として、これらの土地を、保存すべきゾーン(A地区)、公共施設ゾーン(B地区)、開発ゾーン(C地区)に区分したうえ、A地区については、緑地として、B地区については、造成の完了後、公共施設用地として、いずれも市において買収し、C地区については、マンションの建設を認める方針が固まった。

3  右のA地区に当たる別紙物件目録記載の土地については、大宅主幹と植村担当部長との間で、鎌倉市の買取り価格についての交渉がされたが、大宅主幹は、右土地の価格を積算するについて、管財課と協議しながら、鎌倉市が土地を買収する際の従来のやり方に従い、近隣地価公示価格をもとに、これを不動産鑑定評価基準に従い、時点修正及び個別修正するという方法をとった。すなわち、右の土地の近隣地価公示価格を、鎌倉市稲村ガ崎四丁目五九一番二の土地(第一種住居専用地域)の昭和六四年一月一日の公示価格一平方メートル当たり四三万五〇〇〇円とし、これに時点修正(平成元年一月ないし二年一月)としてその〇・六一パーセントを減じ、更に個別修正として、造成の必要性、傾斜地、最寄り駅への接近性の要素を考慮し、七六パーセントを減じた数字から、買収価格を一〇万三〇〇〇円以内とした(〔証拠略〕)。

4  鎌倉市は、「公有地の拡大の推進に関する法律」に基づき設立され、地方公共団体である鎌倉市のために土地を先行取得することなどを業務とする公社に対し、別紙物件目録記載の土地の先行取得を依頼することとし、鎌倉市の市長であった被告中西は、平成二年一月一六日、公社に対し、「稲村ガ崎緑地保全事業」として右土地の取得を依頼したが、その書類には、取得価格は記載されていなかった(〔証拠略〕)。

公社は、被告中西に対し、鎌倉市市有財産評価審査会条例に基づき市有財産の取得などの場合に諮問することとされている、鎌倉市市有財産評価審査会への諮問を依頼し、同年二月二七日、被告中西の諮問に応じて開かれた同審査会において、買取り価格について、鎌倉市側(管財課長)から前述の積算価格の説明がされ、そのとおり決定確認された。鎌倉市市有財産評価審査会は、市議会議員及び学識経験者ら一〇名で構成されるが、その中に不動産鑑定士の資格を有する者はおらず、価格の当否についての具体的な審議はほとんどなかった。なお、鎌倉市市有財産評価審査会条例一条は、鎌倉市の所有する公有財産の適正な価格を調査審議するため必要な事項を定めるとし、これを受けて同施行規則二条は、右の価格は、概ね、固定資産の評価額、対象不動産に類似又は近接する不動産の時価やその予想される収益等を参考として決定する旨規定する。鎌倉市市有財産評価審査会の諮問結果は、同月二八日、公社に報告された。

5  鎌倉市議会は、同年三月二三日午後四時四三分、鎌倉市長の申入れを受けて、全員協議会を開催し、エルデーから別紙物件目録記載の土地を一平方メートル当たり一〇万円、合計一二億〇九九八万二〇〇〇円で公杜が購入することを了承した。同日、午後四時五二分、公社は、理事会を開き、右の購入を異議なく、可決した。

同日、契約の相手方としては、信用のある大手企業の方が望ましいとの鎌倉市の意向を受けて、右土地売買の売り主には、被告青木建設がなることとなり、エルデーと被告青木建設との間で、右の土地について、右の条件による売買契約がされるとともに、被告青木建設と公社との間で(まったく同様の条件の売買契約が結ばれた。なお、当時、エルデーは、倒産状態であり、被告青木建設は、本件にかかる開発事業主としての地位を、その関連会社である宏和興産株式会社に承継させていた。そして、同日、エルデーから公社に対し、直接、別紙物件目録記載の土地の所有権移転登記がされたが、登記所における受付時間に制限があることからすると、その登記申請は、前記全員協議会への報告や公社の議決がされる前にされた疑いがある。

6  鎌倉市は、平成四年三月一〇日、鎌倉市土地開発公社業務執行規程に基づき、別紙物件目録記載の土地のうち本件土地を、公社が土地取得に要した費用に利息等を加えた価格である六億四五五〇万円(一平方メートル当たり約一一万五〇〇〇円)で取得し、同月三一日、その支払いをした。

7  澤野鑑定(甲三五号証、原告伊藤玲子の依頼で平成二年三月二三日現在の別紙物件目録記載の土地の時価を鑑定したもの)は、別紙物件目録記載の土地の時価を次のとおり算定する。

すなわち、右の土地を熟成度の低い宅地見込地とし、別紙物件目録記載一ないし一三の土地と同一五、一六の土地の二つのグループに分け、まず、前者について、取引事例比較法、原価法(控除方式)により、これを算定する。取引事例比較法は、近隣の土地(山林等)の実際の取引事例を時点修正するなどして、比準価格を一平方メートル当たり三万七二〇〇円とする。原価法(控除方式)は、想定更地価格を、まず、取引事例等から比準価格を一平方メートル当たり四七万一〇〇〇円、収益還元法により一平方メートル当たり二六万八〇〇〇円としたうえ、近隣公示価格一平方メートル当たり四二万円を時点修正した四一万三〇〇〇円を参考に、前二者のほぼ中庸の一平方メートル当たり四四万二〇〇〇円と算定する。これから、造成費用一三万九七九〇円を引いたうえ、有効宅地化率を三五パーセント、事業としての危険負担率を六〇パーセントとするなどして、原価法による価格を一平方メートル当たり四万二二〇〇円とする。そして、両方法による価格の平均である三万九七〇〇円を前記前者の土地の当時の時価とし、これに個別的要因による修正をして、後者の土地の時価を一平方メートル当たり四万四九〇〇円とする。

8  なお、本件と直接の関わりあいはないが、鎌倉市の依頼を受けた公社は、平成元年九月二七日、鎌倉市常磐字大丸四五五番外六七筆の土地(山林等)四万五六〇四・四〇平方メートルを三菱地所株式会社から一平方メートル当たり三万六六〇〇円で購入している。

9  岡本鑑定(丙四号証、被告青木建設の依頼による別紙物件目録記載の土地の時価の鑑定)は、別紙物件目録記載の土地の平成二年三月五日当時の時価を次のとおり算定する。

すなわち、右の土地を付近の開発区域全体の一部とみて、宅地見込地ではなく宅地とし、また、同一所有者による使用目的を同じくする一画地であるとして、路線価式評価法及び開発法により評価をする。まず、前者については、近隣の取引事例(宅地)価格を時点修正するなどして、比準価格を一平方メートル当たり五三万円とし、また、収益価格を一平方メートル当たり三〇万三〇〇〇円とし、更に近隣公示地の価格一平方メートル当たり四二万円を時点修正するなどした規準価格を同様四七万円としたうえ、三者を比較した結果、路線価を四七万円とする。そして、別紙物件目録記載の土地については、不整形補正、傾斜地補正などをして、その路線価を二〇万七〇〇〇円とする。次に、後者として、階段式マンションの建設を前提に、近隣の分譲マンションの販売価格を参考として、売上げ収入から土地、建物の造成工事費等を差し引いて、土地の価格を一平方メートル当たり一六万四〇〇〇円と算定する。更に、参考として、開発方式による価格の験証によって得られる価格を一六万三〇〇〇円とする。そして、これらのうち、前二者を比較し、前記路線価二〇万七〇〇〇円について、埋蔵文化財包蔵地域であることや年間利回りによる現価率補正をするなどして、結局、対象土地の時価を一平方メートル当たり一八万九〇〇〇円と算定する。

二  以上の認定事実を前提に、原告らの主張について、判断する。

1  まず、原告らは、本件において、違法な公金の支出は、鎌倉市による公社からの本件土地購入に対する代金の支払いであると主張する。

しかし、鎌倉市の本件土地の売買代金の支払いそのものには、財務会計上、直接、これを違法とする点は認められず、原告らもこれを主張しない。

そこで、右支払いの前提となった公社との売買契約の違法を主張するものとみると、被告中西が主張し、前記で認定のとおり、鎌倉市は、鎌倉市土地開発公社業務執行規程により、公社に先行取得を依頼した土地を、公社が取得した価格に一定の利息等を加算して買い受けることとされていることが認められるから、この規程に従った価格による本件土地の売買契約を財務会計上にわかに違法ということはできない。

そうすると、本件のように、地方公共団体と取引の相手方である私人との間に公社が介在し、地方公共団体が公社に不動産の先行取得を依頼した場合の、地方公共団体の違法な財務会計行為とは、公社が、地方公共団体から独立した、これとは別の法人であることからすると(なお、公社の代表者に対し、地方自治法上の住民訴訟を提起することは、許されないと解される。)、公社に対する一定の価格による不動産購入の業務依頼行為とみるほかはないというべきである。そして、原告らの主張には、この趣旨を含むものと解することができるので、以下、この点について判断する(もっとも、このように解すると、監査請求の関係で、期間制限の問題が生じる余地があるが、この点は、さておく。)。

前記認定の事実によれば、鎌倉市が、鎌倉市市有財産評価審査会に別紙物件目録記載の土地の購入について諮問した際、その依頼書には、右土地の取得価格は記載されていなかったが、実際には、審査会の席上で、鎌倉市側から、大宅主幹が積算した前記一〇万三〇〇〇円との価格が示されて説明され、前記のような構成の同審査会において、ほとんどその中身について具体的に審議されることもなく、右の価格内との諮問がされたこと、その後も格別の内容にわたる審議も、異論もなく、右価格内の一〇万円での売買が市議会全員協議会で了承され、公社の理事会で決定されたことが明らかである。

これらの経過によると、実質的にみて、当時の鎌倉市の市長であった被告中西は、鎌倉市として公社に対し、右の土地を一平方メートル当たり一〇万三〇〇〇円以内の価格で先行取得することを依頼したものとみることができるというべきである。

2  そこで、右の価格決定の手続及びその額の当否について、検討する。

(一)  原告らは、そもそも右決定の手続が違法であると主張する。

右認定のように、原告らにおいて、被告中西が公社に対し一定の価格による先行取得を依頼したと主張する以上、その後の手続の違法を主張することは、矛盾であり、そもそも理由がないというべきである。その点はさておいても、右決定の手続は、前記認定のとおりであり、確かに、その手続においてあまり実質的な審議が行われた様子は窺われないが、鎌倉市において、公社が土地を購入するために必要とされる手続が踏まれている以上、これをもって、にわかに違法であるということはできない。なお、原告らは、大宅主幹による土地の積算が、鎌倉市市有財産評価審査会条例施行規則に従っていないとも主張するが、右規則は、それ自体にも記載されているように、概ねのやり方を定めたものに過ぎず、右積算方法が、前述のように、一応の根拠を有し、まったくこれに従っていないともいえない以上、違法であるとはいえない。また、売買契約の対象となった土地の登記申請が、公社の理事会の決定以前にされた形跡がある点は、問題がないわけではないが、結局、公社において、諮問どおりの価格で購入することが決定されていることなどからすると、右の手続の違法が売買価格決定の違法を招来するとはいえない。その他、右価格決定の手続を違法とすべき理由は見当たらない。

したがって、原告らの右の主張は、いずれにせよ、理由がない。

(二)  次に、原告らは、一平方メートル当たり一〇万円の価格は、適正価格をはるかに超えるもので、違法である旨主張する。

まず、原告らは、大宅主幹の積算根拠自体、その前提となった公示地価格等が誤りである旨主張するが、前記認定の事実によれば、算定当時において、それ自体は、一応の根拠を有するものと認められるばかりか、仮に原告ら主張の係数等を使用するとしても、計算の結果に著しい違いが生じるわけではない。

また、原告らは、澤野鑑定が正当であることを前提に、右価格の違法を主張するところ、澤野鑑定の取引事例比較法による算定は、本件土地を熟成度の低い宅地見込地に過ぎないとして、近隣の山林等の取引事例を摘出、比較するが、同鑑定及び岡本鑑定によれば、別紙物件目録記載の土地の周辺は、相当宅地化していることや通行可能な道路も存すること、右の土地は、市街化区域で、第一種住居専用地域であり、前記認定のようなエルデー等による開発が具体的に計画され、これを阻止する法的手段はなかったことなどからすると、右の土地について、熟成度の低い宅地見込地であるとして、山林等の取引事例をそのまま比較することが、直ちに正当であるとは、解し難い。更に、澤野鑑定は、原価法(控除方式)として、前記のような積算をするが、その過程で、別紙物件目録記載の土地を含む土地については、現実に階段式マンションの企画がされていたにもかかわらず、戸建て住宅による開発を前提に、その有効宅地化率を三五パーセントとし、また、事業としての危険負担率を六〇パーセントとみるなどしているところ、これらの数字には、必ずしも正当な根拠があるとは、解されない。したがって、澤野鑑定が別紙物件目録記載の土地の最低価格を明かにしたものとはいえず、これを全面的に採用することはできない。

なお、岡本鑑定については、別紙物件目録記載の土地を一体の土地として評価していること、公共用地の取得に伴う場合であるとして、路線価式評価法を用いていることについては、澤野鑑定をした澤野順彦証人においても、必ずしもこれを否定していないところである。そして、宅地とみるか宅地見込地とみるかにより、具体的に土地の価格にどれだけの差がでるかは、必ずしも明かではないから、その鑑定方法自体、否定すべきとは考えられず、その開発法による価格算定を含め、その具体的な算定結果については、必ずしも疑問がないわけではないが、一応の参考にはなりうると解される。

前記認定の事実及び右で判断した事情によると、当時、鎌倉市長であった被告中西の公社に対する別紙物件目録記載の土地の取得依頼の単価一平方メートル一〇万三〇〇〇円の算出方法は、必ずしも十分な資料等に基づいているとはいえず、また、その価格は、やや高すぎる嫌いはあるが、法令に反するとか、適正価格を著しく超えるとまではいえず、その取得依頼は、前記認定のような緑地保全の要請と開発阻止の困難性という事情のもとにおける任意売買として、この点につき、元来、地方自治体の首長として相当の裁量権を有する被告中西の裁量の範囲内のものというべきであり、その逸脱ないし濫用と断定することはできない。したがって、右価格を根拠とする被告青木建設と公社との売買契約を違法・無効とするには至らないというべきである。なお、鎌倉市が、平成元年九月に、原告ら主張のとおり鎌倉市常磐の土地を一平方メートル当たり三万六六〇〇円で購入していることは前記のとおりである。しかし、土地の取引価格は、複雑な要素が絡み合い、当事者間における個別的、主観的事情等によっても、相当程度左右されるものであり、右の売買は、本件とは、場所や時点が異なり、購入の事情も必ずしも同じとは認められないから、右の金額が、直ちに、前記のような事情のもとで形成された前記土地の価格の比較基準になるとはいえない(例えば、原告らは、右土地の立地条件の優位性を主張するが、澤野鑑定によっても、本件土地の価格の方が右価格よりも高額となっていることが認められる。)。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく(なお、被告中西は、本件に関する売買契約については、鎌倉市議会本会議の議決を経ているから、その価格の適否は、法律上、問題になりえない旨主張するが、議会の議決を経たことが、直ちに、財務会計行為を適法とするものではないと解されるから、理由がない。)原告らの本件請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 小河原寧)

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